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イランへ行って来ました クム編




聖地?観光地?クム~帰国まで

カシャンの帰りに、クムへ寄りました。
クムで最後のイラン観光。ここを見れば、
ちょっぴり慣れ始めたこの国からまた離れて、
せわしい日本へ帰らればなりません。

クムは聖地、お坊さんがたくさんいる町、
さらに世界中からシーア派の方々が巡礼にやって来ます。
明らかにどこかのアラブ系の人たちや、
アフリカ系の人、いろいろな人がいて、テヘランよりずーっと
外国人が多いのにはちょっと驚きました。
しかし、東洋人はほぼ、ゼロ。私だけ。。。

お坊さんは町の至る所で風を切って歩いています。
なんとなく偉い風な感じです。
聖地なので、とにかく女性は真っ黒け、チャードルは必須。
この町では男女が手をつなぐなんてことは、
絶対できそうにありません。
服装に関しては、女性の場合はサンダルはいいようですが、
首が少し見えてもいろいろ言われるらしく、
私の首を隠すように注意する相棒。
男性は中近東などでよく見かける白いワンピースみたいな
服の人が非常に多い。

クムのきんきらきんのモスクに入ると、人がわんさかいます。
中では御葬式をしていたり、お祈りをしていたり、
ぶつぶつとコーランを唱えていたり、写真を撮っていたり、
休憩したり…観光的巡礼、とでもいいましょうか。
それでもどこでも写真を撮っていると、警備員(=坊さん)から
注意されたりします。

私の一方的な感覚ですが、
「神への畏怖」「重厚な祈り」とかいうのには、
ちょっと遠いというか、なんとなく観光的というか…。
なんか「格好だけ」って雰囲気。
今の世界情勢とズレてる、っていうか…。

イランの人が皆熱心な信者か、
というとそれは人によってかなり差があります。
相棒はクムでは祈ることはしませんでした。
「メッカ巡礼とか、やってみたい?」と私が質問すると、
「そんなことにお金をかけるなら、ワールドカップに行く。」
という人なので…。
他のモスクではちゃんとお祈りしているのに。。。

モスクにものすごくお金がかかっているように見えます。
この豊かな資金源は一体どこから来るのか、
ということですが、世界中から寄付が来るのだそうです。
モスクにここまでお金をつぎこむならば、
少しでも社会保障制度とかを充実した方がいいのでは?
と一般イラン人も少なからず感じている様ですが、
宗教と政治が一体化しているこの国では難しいようです。

「こういうお金を利用して、モスクにインターネットと
 パソコンを一杯並べて、みんな自由に使えるようにして、
 こどもたちにIT教育とか、情報を取得の方法とか、
 教養の場や老人のカルチャースクール作ったり
 したらいいのに。」私がつぶやくと、
「学校はあるけど、君が思っている風には、無らないだろうね…。」
相棒は遠くを見て言います。

あまり時間も無いので、空港へ向かいます。
車中、相棒は無口です。
高速道路では、皆、120キロとか150キロで走行しています。
景色がどんどんと流れて流れて…。
時間もあっという間でした。
随分長くいたように感じました。

新空港について、相棒に荷造りを手伝ってもらって、
もう後は飛行機に乗るだけです。
相棒は、
「道路が混むから、飛行機が飛ぶ直前までは居ないよ。」
と、冷たく言い放って私をパスポートコントロールへ追いやった
割には、私が消えるまで、じっと見つめていました。
寡黙な相棒は、私がイランに居る間、頑張り過ぎて、
きっと私が消えた途端、倒れていることでしょう…。
お疲れ様でした。

そして、イランで出会った全ての人に、
ありがとう!
これからも、ずっとイランが平和でありますように…。


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カテゴリ : 【*イラン旅行05年6月
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イランへ行って来ました カシャン編




バラの町が塩水の町に

帰国日、日帰りでカシャンへ行きました。

私はエミレーツ航空だったため、新しい空港発着の便でした。
新空港はテヘランから75キロも離れているため、
カシャン観光して、
帰りがけに空港へ行けばどうかと言われたのです。

「カシャンへ行くなら、始めから言ってくれれば、
 ヤズドの途中でカシャンへ寄れて、
 時間が無駄にならなかったのに…。」
相棒は不満げです。
「しょうがないやん。始めは予定してなかっただもん。」
負けじと応戦します。
昨日のことがあってか、二人は交戦する気満々です。

カシャンへは3時間くらいかけていきました。
バラが有名で、バラ水やバラの精油などが町のいたるところで
売られています。
バラのよい香りをクンクンと匂うと、
ちょっとギスギスした二人も表情が和らいできます。

「フランスのものより、優しい香りだねえ。」
私は普段からフランスのバラ水を愛用していますが、
イラン産のものはフランスのものより優しい爽やかな香り。
重たいので、1リットルのバラ水と精油を1本だけ
持って帰ることにしました。

カシャンは貴族の伝統建築が有名ですが、
イランの典型的な庭園形式が見事です。
庭中央に湧き出る泉を一直線に配し、
両側に木々を植え、泉の先には建築物がある、
というものです。
暑い暑い夏には、実に穏やかな風景です。
子ども達と一緒に、私も足を突っ込んでしばし休憩。
気持ちがいいー!

カシャンは地下水がとても豊富なところ…だったんですが、
昼に食べたレストランのチャイ(紅茶)がなんと塩水の味!
これにはビックリしました。

イランは人口増加に水の供給が追い付かず、
水の確保は深刻な問題になりつつあるようです。
蛇口をひねると塩水、というのは大変なことです。
こういうところに、日本のろ過装置とか持っていっったら
いいんだけどなあ、と思ったりしました。

カシャンで驚いたことのもう一つに、
選挙ポスターの落書きがあります。
所謂「くちひげ」をマジックで書き込んである落書きです。
テヘランなどと違って、地方は行政府の監視がきつく、
そういうことはあまりできないと思っていましたが…。
「落書きがあったよ」と相棒に言うと、
相棒も少し驚いていました。



カテゴリ : 【*イラン旅行05年6月
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イランへ行って来ました テヘラン編再び 3




玄関の水撒き

あっ!という間に帰国日になりました。
私は相棒の家でお世話になっていました。
相棒はとても忙しい人で、私が滞在している時でも
家にほとんどいませんでした。
ですから、相棒のお母さんと長い時間を共に過ごしておりました。

お母さんと私は初対面ではないですが、
私は日本語と英語が少し、お母さんに至っては、
標準ペルシア語は理解できても話すことはできません。
お母さんの故郷はタブリーズで、話される言葉はアゼリ語。

(アゼリ語はトルコ系ペルシア人が話す言語で、
 アゼルバイジャン語、トルコ語ととても近い言葉です。)

話をしようにも「…。」お互い沈黙です。
ほんの少しのペルシア語の単語以外私も理解できませんし、
苦労人で足の悪いお母さんはもともと寡黙…。
それでもお互い解らないなりに、
身ぶり手ぶりでコミュニケーションをとっていました。

イラン人全般に言えることですが、とにかく気が聞くのです。
お母さんはそれの更に上を行く程気の付く方で、
ことあるごとにお茶が出て来たり、
電気を消してくれたり、毛布をくれたり、洗濯物を干そうとすると
干すものをさっと出してくれたり…。

ひとり暮らしの私にとって、これはなかなかありがたいやら、
苦痛なのやら、とにかくこちらもどうしていいやらわからない、
といった感じでした。
しかし数日共に過ごすにつれて、私が要領をある程度解ってくると、
始めはお客さんだからと、洗わせてもらえなかったお皿やなんかを
洗わせてくれたり、使った後の布を拭かせてくれたりしました。

とうとう、最後の日の朝。
前日、私は相棒とちょっとした意見の相違があり、
お母さんも気付いていました。
相棒はもともとかなり寡黙ですが、昨日のこともあって、
あまり話をしようとしません。

そんな窮屈な雰囲気の中、お母さんは私に握手を求め、
何かしら寂しいような、ほっとしたような
ちょっと微妙な顔をされて、中へ入り、その後また出て来て、
玄関に水をまいていました。

「玄関に水をまく」
ということをお客さんのいる前ですると、
日本ではとっても失礼ですよね。

しかし、イランでは失礼どころか、
「またこの客人がここへ訪れることができるように。」
という意味なのだそうです。
私は当初、意味を知らずに「迷惑だったんだなあ」と
かなりガッカリしたのでした。

挨拶もそこそこに去ったことが、
今でも悔やまれてなりません。
この場をお借りして、
お母さまの御健康と御多幸をお祈り致します。

お母さん、ありがとう!




カテゴリ : 【*イラン旅行05年6月
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素敵なブログですね! From:山崎

YUKIさん、Salam!
コメント有り難うございます。
少し覗かせていただきました。
素敵なブログですね。
イランの風習など、とても勉強になります。
また、ゆっくり覗きにいかせていただきますね!


はなむけ、なんですって。 From:YUKI

山崎さん、Salam.
ワタシのブログの5/15の記事にお水のこともちょっと
書いてありますので、覗いてみて下さいネ。
我が家も帰国の時や、国内でちょっと遠くに行く時は
花びら入りのお水をまいてくれます。



イランへ行って来ました テヘラン編再び 2




イラン人は大統領を指示しているか?

私が滞在していた時は、イランは総選挙真っ最中。
至る所に阿呆程ポスターはりまくってありました。
例えば橋の欄干やバス停の屋根、とにかく目に着くところ、
地面以外全て、という感じでした。

かなりたくさんの候補が立候補したようで、
結局決戦投票となって、アフマディネジャド次期大統領に決定した、
ということは皆さん御存じだと思います。
アフマディネジャド次期大統領(名前を覚えること不可能!)は
保守強硬派と言われており、「アメリカとの関係はしらん!」と
なかなか突っ張っているのが心配…。

じゃあ、この人をみんなが投票したか?というと…

「ねーねーなんで投票に行かないの?」
「行っても入れる人いないんだよ。」
「でも行かないと国は変わらないんじゃないの?」
「(ため息)立候補している人たちは、みんな国にオッケーもらってる人。
 つまりー、立候補している人の誰がなっても同じなんだよ。」
「えー?そんなあ、日本とは違う意味で国が決めてるやん!
 (日本の場合は選挙資金の用意ができない人は立候補不可能)」
「そーだよ。だから誰に入れても無駄。言ってることもメチャメチャ。」

とあるテヘランのお店では…

お客さんだった二人のオバサンがすっごいおしゃべりで
興奮して話しています。
私はこのお店の人とは以前からお友達。日本語もできるので、

「ねー、オバサン達は何言ってるの?」
「選挙の話。誰にも入れる人いない、
 入れたいのに入れることができないから
 どうしようって言ってるよ。」
「誰でも立候補はやっぱりできない?」
「無理だねえ。」

旅行でもテレビでは選挙のことでもちきり。
テレビはまるで、一昔前の中国のプロバカンダ番組(=中央電子台)みたい。
コーランが「あ~あ~」と流れてみたり。。。

「ねーねー、選挙のことで、なんであんな子どもが出ているの?」

テレビには中学生くらい?の子どもがインタビューに
答えてる様子が映っています。

「15歳の子どもにも投票させるんだって。」
「え?子どもが判断できるん?」
「大人でも誰入れていいかわかんないのに、子どもが解るの?」と、
相棒は皮肉たっぷりにふふんと言います。
「わかんない…。」
「ばっかみたい。」

その時思ったのは、子どもに投票されることで投票率を
上げねばならない程、イランは選挙に無関心?…違った、
関心はあるけど、行けないんだ…。

イランの人もいろいろな人がいます。
時期大統領に投票した人もいれば、別の候補に入れた人、
または行かなかった人、様々。
イランはとても平穏だけど、
周辺国が不安定でしかもアメリカにいちゃもんつけられているので、
外交がとにかく重要。
一般のイラン人がのぞんでいるのは、
もっと開かれて、もっと(外国にも行けたり)自由になって、でもとっても安全で、
このまま平和に暮らしたい、ただそれだけ。。。

日本人って、ほんと幸せだよねっっっ!



カテゴリ : 【*イラン旅行05年6月
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イランへ行って来ました 首都・テヘラン編再び




優秀な革製品

テヘランは盆地です。
盆地というには、巨大過ぎるかな?
4000メートル級の山脈に囲まれた、高原都市です。

テヘランは車がとても多くて、
車ガーガー、スモッグモクモク、おお!綺麗なお姉さん、
つまり、ガーガー、モクモク、おお!とひたすら
叫び続けることができるまちです。

初めてイランへ来た時、
「おお!!」(モスクの美しさに驚いて)
「おお~!」(美人とハンサムに驚いて)
「お~??」(とにかく建築物の美しさに度胆を抜いて)

と親友の野村氏と叫びまくっていたことが懐かしい。
今では叫ぶことこそありませんが、
「む!」
と、やはり美人に振り向くこと多々ありです。

そんな美女の多いイラン。
今回は買い付けに行って参りました。
イランは革製品が実に丁寧に作ってあります。
日本のスーパーでは安物の○国製革製品が反乱しておりますが、
比較になりません。

とにかく、革の質が良い。
ソフトレザーで非常に軽い。
縫製が丁寧。

以前行った時から目を付けていた革の手袋や、
革の財布などを仕入れて参りました。
色も実に豊富で、日本の革製品よりも、パステル系では種類が多い。
イランの製品は主にヨーロッパ向けに輸出されているようで、
非常に綺麗に作ってあります。

そのため、めんたまが飛び出る程はお安くないですが、
品物を見れば納得、です。

また、イラン美人が美しい革製品を持つと、実に絵になるんです。
今回の「おお!」は、
革製品を見た時に叫びました。

見る目のある日本の方は、
「うーむ、これはいいね!」と誉めてくださって、
早速注文してくださいました。
美の大国、イラン樣さま、ですね。

次は、選挙について書こうと思います。。。


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イランへ行って来ました ヤズド編 3




迷路の町

大通りから一歩入ると、土壁がひたすら続く、出口の無い町。
歩いていても、どこへ向かっているか、さっぱりわからない…。
中世の町並みにタイムスリップしたような感覚になります。
すると向こうから若い女性(恐らく、高校か大学生)が、

”Hello”
と声を掛けてきました。日本人が珍しいのと、日本人が
大好きな彼等は、気軽に声を掛けて来ます。

”Salam!”
ペルシア語で返事すると、少し面喰らったような顔をした後、
微笑んで、相棒とペルシア語で少し談話。
こうなると、私には理解できません。

「なにか記念になるものをくださいって。」相棒から突然言われて、
「ええ?記念って…そんなたいしたもの、無いんだけどなあ…。」

私は鞄の中をごそごそ探しましたが、歯ブラシのセットとか、
ぼろぼろのタオル、愛用の一眼レフしか無い…。

「ごめんね、何も無いわ。。。」彼女は、残念そうな顔をして、
挨拶して去って行きました。

少し歩くと、ヤズド特産の「テルメ」の織物屋さんがありました。
「テルメ」とは、ペイズリー柄のシルクの織物で、
ペイズリー柄はここで生まれたのです。

店内には、どでかい織物機に、
小さなおじいさんが絣のような織物を織っていました。
おじいさんは慣れた手付きで、綺麗に織り上げていました。
私達が店内の品物を見ていると、おじいさんは手を休めて、
こちらへ話し掛けてきました。
織っている時と違って、おじいさんは相当お年に見えました。

「おじーちゃんは、何年織っているの?」
「…80年織ってるんだって。」相棒もちょっと驚いています。
「ええ~!ちょっと、待ってよ、今、何歳なの?」
「…85歳らしい。」
「ええ~!!!ってことは、5歳から織ってるの?す、すごいねえ!
 日本のこどもたちに教えてあげたい!
 おじいちゃん、すごいね!」

私が興奮して言うと、おじいさんにも通じたようで、
にこにことされていました。

「最近はひざが痛くて、織るのも長くはできないんだって。」
おじいさんの右手には手のこんだ彫り物の意匠の杖がありました。

「日本人は綺麗な瞳をしているね、アーモンドのような綺麗な
 弧を描いているよ。」
と誉めてくれたおじいさん。
いつ来れるか解らないけれど、また、おじいさんに会いに来るぞ!と
誓ったものでした。


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アーモンドアイ! From:山崎

YUKIさん、はじめまして。
コメント有り難うございます。
チェシュメバードミと、言うのですね、
これは知りませんでした!
イランは何度も行っていますが、ペルシア語はさっぱりなので…。
純粋なイラン産のチャイは、やはり品質的に味が劣るので、インド・スリランカ産のハイ・グレードな茶葉をブレンドさせています。
もっと買い付けのお話など、載せることができればと思っているのですが、
なかなか更新できないことが悩みの種です。
もし、宜しければ時々覗いてみてくださいね!
また、イランのことを教えてくださると嬉しいです。


お邪魔します☆ From:YUKI

山崎さん、Salam.
ワタシの大好きなチャイの話題がいっぱい!
なんか嬉しいです。
日本人の目は「チェシュメバードミ(アーモンドアイ)」と
言われています。
以前、ペルーでしたか、南米の遺跡でも「アーモンドアイ」の
特徴を持つ遺物が見つかったとTVで観ました。
イランと同じように、高貴な感じとしてそう表現されていたのかも。
テヘランではわざわざ整形手術を受けてチェシュメバードミにする
女性も多いんですよ。
またお邪魔させて頂きます。



イランに行って来ました ヤズド編 2




ヤズド、町の様子

あまりに朝早いので、タクシーを拾うにも一苦労。
窓を明け、ペルシア語のラジオを聞きながら、町へ向かいます。
朝の空気が心地よくて、耳にはいるラジオが自分を忘れさせてくれる…。

「お腹減った?朝御飯食べようか。」

バザールや寺院などの集合施設に入ると両側にお店が並んでおり、
その商店街(のような)通りを抜けきる直前にある焼肉屋へ。
焼肉屋…と言っても、ハラミとかロースとかではなく、
ここの場合は羊の肝専門。主にレバーを扱うところです。

「レバー苦手なのよ~。」私が嘆くと、相棒は残念がって
「そうか…。」落胆した様子。
「だ、大丈夫食べれるから。」そう言って、焼き上がったばかりの
羊のレバーを口に入れると…全く臭みが無い!
これには驚きました。

「イランの肉は臭く無いでしょう。」相棒は急に自慢げ。
イランで育った羊や鶏は、餌も育て方も昔ながらのものばかりで、
自然の味、美味しいものが多いのです。
またこの店の肉は格別新鮮。食べている最中にもどんどんお肉が
外から運ばれてきます。今、仕入れたばかりの肉を
おじいさんが切り分け、息子がそれを串に刺して炭火に入れ、
客の好みに合わせてタイミングよく焼き上げて、
夏休みで学校がお休みの小学生(恐らく三年生くらい)が
盛り付けて出すのです。

イランでは子どもがよく働いています。
貧しくて自分で学費を稼ぐ子もいますが、普通の家庭でも、夏休み中は
バイトをしている子が多いようです。

彼は客の様子を気づかいながら、一生懸命働いています。
「ほんとに‥えらいねえ。」思わずつぶやいてしまいます。



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イラン行って来ました ヤズド編




ゾロアスター教の聖地、ヤズド

ヤズドは砂漠の町。
テヘランから今回は鉄道で行きました。
イランでの初めての鉄道。
夜8時発だったのですが30遅れで発車、
朝6時くらいに到着。
朝の空気が清々しく、少し肌寒いくらい。

朝焼けに包まれた、沈黙の塔に登りました。
沈黙の塔は、ゾロアスター教では鳥葬が行われた場所。
小学校の頃、私は手塚治虫の『ブッダ』を読み、
このような宗教があるということを知ったものでした。

死者を鳥に食べさせていたというから、
てっきりおどろおどろしいイメージでいましたが、
完全なる思い込み。
朝の清らかな大地に朱色に染まる山を見ていると、
自然の雄大さに心が洗われます。

このまま大自然の姿、心持ちのまま生きて行けたら
どんなに気持ちいいだろうか。
せわしい日本の生活を考えると、このまま時が
止まってくれたらどんなにいいだろうと
少し現実逃避。

ヤズドは砂漠の町だけあって、
陽が昇り出すと急激に気温が上がって来ます。
9時にもなると暑くて暑くて汗が吹き出てきます。





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イランに行って来ました テヘラン編




テヘランのようす

三度目の首都テヘラン。
イタリアからドバイ経由でテヘランへ入りましたが、
とにかく昼の気温が高くて、ダレダレ。
イタリアが妙に寒かったので、その気温差で一気に疲れが。

テヘランはいつも通り平穏、車がガーガーと走る、
スモッグの大都市でした。
オシャレな女性が2年前より更に増え、
美女の多いイランは更に美女天国。
足首を出さない宗教色の強い国ですが、
それも気にせずクロプトパンツ(くるぶしを見せるズボン)を
はいている女性までいます。
男女も2年前よりどうどうと手をつないでいて、
とってもいい感じ。

イタリアに滞在中は
「イタリア男ってなんてスーツを格好よく着こなすのだろう!」
と、ぽわ~となってしまいましたが、
イラン男性も負けてはいません。
若者はとてもハンサムだし、女性はみんなモデルばりの美女。

滞在期間中、「イタリア男かっこいい!」
とイランの相棒に語っていたら、
彼は甥を連れて来た。
「イランも負けてないでしょ。」
甥のベヘナム君は2年前に会った時よりずーっと大人びて、
「おおー!立派な大人になって!」
とおもわずおばちゃんのように叫んでしまいました。
とにかく、瞳が綺麗。
素直な、キラキラと輝く大きな瞳と、
びっしりと揃った睫毛に、心うきうき。
うっとり、という表現より、心洗われる、と言った方が
正しい感じ。
彼は、父の仕事の後をついで、消防士になるのだとか。

テヘランでは4000メートル級の山にロープーウェイで
のぼり、雪に触って来ました。
下は40度の酷暑ですが、ここではスキーが!
今回イランではどこへいっても
「中国人か?」と聞かれました。
イランの地下鉄は中国が作っているからです。
日本人と答えると、途端に笑顔になって、
「日本はすばらしいね。」と誉めてくださるのです。
イラン人は一般的に日本は大好き。
こういう現実を日本の人には知って欲しいなあと、
いつも思います。


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イランで買い付けに行って来ました。




このあいだ、イランから帰国致しました。
イランではいろいろな商品開拓とそれらのサンプル購入、及びナッツなどの既存製品の仕入れが目的で行きました。

本当は買い物するだけで、無駄な動きはすまいと堅く誓っていたはずなのに、結局観光もしてしまいました。(反省)
ヤズドとカシャーン、クムをチラッと覗いてきました。

イランは何度来てもあたたかい国です。
勿論、夏の気温は暖かいを通り越して死ぬ程熱い=酷暑ですが、皆さんの気持ちがとても優しくてあたたかい国。

今までいろんな国を旅しましたが、イランが一番好きです。
自分自身も洗われるようで、本当に爽やかになれる国。
親切で日本人を大切にしてくれる…。

今回でイランは三度目。
イランのご家庭にもお邪魔して泊めていただきました。
「あ、お茶のみたいなー。のど乾いたわ~。」っと思った瞬間に、もうお茶が出て来る。
「疲れたなあ、ちょっと休むかな…。」と思ったら昼寝の時間をくれる。
うう、私はどう恩返しをしたらいいのか???と思っている内に、あっという間に帰国日。
イラン人の相棒は、「気を付けて帰るんだぞ」と、見送りもほどほどにあっさりと去って行く。こういうところは、少し日本と違うと思ってしまったりする。

滞在中、いろんなイランの人と接しました。
イランへ行く前は別の仕事でイタリアへ行き、その後イランへ行きましたが、イタリアがふっとぶくらい、やっぱりイランはあたたかい。
みんなにイランへ行って本当の彼等に触れて欲しい。
とっても平和で優しい国です。


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